| ジャパン・アート・フェスティバル ~日本の微笑み~ JAPAN ART FESTIVAL ~Mit japanischem Lächeln~ |
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ジャパン・アート・フェスティバル ~日本の微笑み~ ウィーンと並ぶオーストリアの文化都市、ザルツブルク。2008年3月、この街で、楽壇の帝王と呼ばれたヘルベルト・フォン・カラヤンが創立した「ザルツブルクイースター音楽祭」が行われます。それにあわせて、洋画や日本画、書道、詩歌など、日本の芸術を紹介する「ジャパン・アート・フェスティバル ~日本の微笑み~」が開催されました。 【会場】 ザルツブルク・コングレス・センター 【日時】 2008年3月21日(金)~23日(日) [3月20日(木)夕方よりオープニングセレモニー開催] |
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音楽祭がつなぐ 日本とオーストリアの文化 |
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楽壇の「帝王」と呼ばれ、クラシック界のみならず世界中で最も知られた20世紀の偉大なる巨匠(マエストロ)、ヘルベルト・フォン・カラヤン。そのカラヤンが創立した「ザルツブルクイースター音楽祭」が、2008年3月に開催されました。カラヤン生誕100周年を記念する今回、名誉ある大舞台にはカラヤンの愛弟子であり日本が世界に誇る指揮者・小澤征爾が招かれ、世界最高峰のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮、音楽祭を彩りました。 また、日本の芸術界からは、アートシーンの頂点に立つマエストロが「ジャパン・アート・フェスティバル ~日本の微笑み」の出展権を獲得し、名実ともに世界的芸術家としての地位を不動のものとするパフォーマンスを披露しました。 このような歴史的イベントで芸術界及び音楽界の一流の表現者が繰り広げる美の共演は、新たな時代の幕開けを象徴するものとなりました。 |
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【会場】 ザルツブルク・コングレス・センター 【開催期間】 2008年3月21日(金)~23日(日) [3月20日(木)夕方よりオープニングセレモニー開催] 【主催】 JAPAN ART FESTIVAL実行委員会 【名誉実行委員長】 MICHAEL DEWITTE (イースター音楽祭実行委員長/カラヤン協会理事長) 【実行委員長】 PAUL FLORA 【共催】 ザルツブルク市 【後援】 イースター音楽祭実行委員会、カラヤン協会、 オーストリア政府観光局、在オーストリア日本国大使館 【協力】 ザルツブルク商工会議所 ザルツブルクロータリークラブ ザルツブルクライオンズクラブ 【審査員】 PAUL FLORA、EVI FERSTERER、 JOHANN NEYRINGEI、HERBERT BRUGGEF 【ザルツブルクイースター音楽祭08協賛企業】 VOLKSWAGEN(自動車) BONTOBEL(銀行) WIENER STADTISCHE(保険会社) 日本財団 【ザルツブルクイースター音楽祭08指揮者】 小澤征爾、サイモン・ラトル |
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【ザルツブルクイースター音楽祭】 オーストリア・ザルツブルクの二大音楽祭のひとつ。カラヤンが故郷での音楽祭を夢見て、1967年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を率い、キリストの復活記念祭であるイースター祭に合わせて開催したことに始まる。 |
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Herbert von Karajan (ヘルベルト・フォン・カラヤン 1908-1989年) オーストリア出身の指揮者。20世紀後半で最も有名なマエストロ。1955年よりベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務め、それと併せてウィーン国立歌劇場の芸術監督の地位にもあったことなどから、楽壇の「帝王」と呼ばれた。栄光に包まれた彼の人生は数多くの伝説を残しており、その意味でも音楽史上最も華のある指揮者であった。 |
![]() (C)SHIRATORI SHINTARO |
小澤 征爾 (オザワ セイジ 1935年-) 1960年にカラヤン主催の若手指揮者コンテストで優勝し、その後カラヤンに師事。世界でも指折りのマエストロとして活躍している。楽譜に忠実で正統な楽曲解釈に定評がある。感情豊かな演奏、聴き手の心に訴えかける自然体のハーモニーは、音楽を聴く真の喜びをもたらしてくれる。現在、ウィーン国立歌劇場の音楽監督を務める。 |
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近代オーストリアにおけるジャポニズム 1873年、ウィーン万博が開かれ、開国したばかりの日本からも蒔絵など約3500点の美術工芸品が出展されました。日本のパビリオンは大反響を呼び、以来、ウィーンもパリに匹敵するジャポニズムの拠点となりました。 この万博では、日本の美術品を収容するための日本館も建設され、造作のために派遣された日本人大工たちの印半纏姿やその仕事振りは評判となり、ヨーゼフ皇帝も大工が削り出すかんな屑に興味をもち、女官に拾わせ、巻いて持ち帰ったと伝えられています。 19世紀末のウィーンで新しい芸術の波を先導し、みずからの表現を追求し続けたグスタフ・クリムトも日本美術に並々ならぬ関心をもっていたひとりでした。代表作『接吻』が琳派の作品のように金箔がほどこされていることや、ウィーン分離派が催した1900年の春季展が 『日本美術展』であったといわれていることから、クリムトも日本美術に多大な影響を受けていることがわかります。 オーストリアといえば、モーツァルトやシューベルト、ヨハン・シュトラウス2世を生んだ、音楽の国というイメージが先行していますが、ウィーン万博以降、日本の美術が積極的にアートシーンに受け入れられ、定着しています。ブックカバーや花瓶などの雑貨や家具だけでなく、布地や壁紙まで、あらゆる芸術に、染色型紙や家紋帳から和を想起させるモチーフが選ばれ、現在も多くの人気を博しているのです。 |
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Gustav Klimt (グスタフ・クリムト 1862-1918年) ウィーンの世紀末芸術様式、ユーゲント・スティールの代表画家。「ウィーン分離派」を結成して初代会長となる。時代の反感をかいながらも、徐々に彼の作品は観るものを虜にし、現在に至っては最も人気のある画家のひとりになっている。 |
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文化の都を彩る日本のアート |
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ウィーンと並ぶオーストリアの文化都市、ザルツブルク。 シューベルトに「極楽か天国のようだ」と評され、モーツァルト生誕の地であり、カラヤンを生みだしたことでも有名なこの街は、世界遺産に認定されている旧市街や『サウンド・オブ・ミュージック』の舞台にもなったミラベル庭園など、今でも多くの人に愛されてやまない、ヨーロッパを代表する街です。 歴史的、文化的に独自の魅力を醸しだしているザルツブルクで、2008年3月21日(金)~23日(日)の3日間、「ザルツブルクイースター音楽祭」の開催にあわせ、日本の芸術を紹介する「ジャパン・アート・フェスティバル ~日本の微笑み~」が開催されました。 洋画や日本画、書道などの作品展示だけでなく、詩歌作品のパネル展示、デジタル書作家・山本KOU氏と詩歌のコラボレーションなど、日本のアートシーンを牽引するアーティストたちの美の共演が繰り広げられました。 日本の芸術が奏でるシンフォニーによって、ザルツブルクに新たな文化が創出されたことでしょう。 |
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